哺乳類卵巣では排卵に際して発育を開始する卵胞の99%以上が選択的に死滅し、ごく一部のみが排卵にいたる。しかしこの生死を決定する分子制御機構は未だ不明な点が多い。この分子制御機構を解明する研究の一環として、顆粒層細胞にアポトーシスを誘導する分子、特に細胞表面に発現している受容体分子の同定とその制御機構を解明することを目的として本研究を進めた。実験顕微鏡下に健常と退行卵胞を識別でき、かつ卵胞を構成する細胞を容易に単離できるブタ卵胞を材料として用いた。健常卵胞の顆粒層細胞表層に存在し、退行の進行とともに消失する糖鎖の結合した膜蛋白を特異的に認識するモノクロナール抗体を作成できた。この抗体を培養顆粒層細胞の培養液中に添加することでアポトーシスを誘導できるので、この抗体が認識している膜糖蛋白はアポトーシスシグナル受容体のひとつであることが分かった。さらにこの細胞死受容体の細胞質内下流にはインターロイキンβ1転換酵素様プロテアーゼがアポトーシスシグナルの伝達に支配的に関与していることが阻害剤を用いた実験から確認された。このプロテアーゼを介して核内に伝達されたシグナルは、顆粒層細胞核内の中性Ca・Mgイオン依存性エンドヌグレアーゼのみを活性化してゲノムDNAをヌクレオソーム単位で切断することが分かった。併行して卵胞退行に伴って顆粒層細胞に特異的に発現するmRNAを検索した結果、インスリン様成長因子と血小板由来成長因子mRNAと塩基配列相同性の高いチロシンキナーゼ様蛋白をコードするmRNAが特異的に発現していることが分かった。これら顆粒層細胞アポトーシスの制御因子や細胞内シグナル伝達系をmRNA導入、抗体、阻害剤などにて人為的制御できる可能性が高まったことは当初予定していた以上の成果で、発生生物学全般にも貢献すると考える。
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