ヘモグロビン(Hb)の協同的酸素結合解離にはグロビン蛋白部分のいくつかのアミノ酸が特に重要であると考えられている。その重要な部分のアミノ酸が突然変異によって他のアミノ酸に置換すると、その異常血色素は正常な酸素運搬機能が果たせなくなり、その異常血色素を有する個人には何らかの臨床症状がみられるようになる。特に機能に著しい影響を与える変異部位は、酸素結合サイトであるヘムの周辺と、四次構造変化に関与するαとβサブユニットの接触面に集中している。本研究では、異常血色素のうちサブユニット接触面に変異を有する2種類を用いて、1アミノ酸変異がもたらす蛋白質の高次構造変化を、円二色性(CD)と紫外域共鳴ラマン散乱(UVRR)により追究し、以下の新たな知見を得た。 1.異常血色素、Hb Hirose(β37Trp→Ser)と人工変異Hb(α42 Tyr→His)について、これらのアミノ酸変異がもたらすHbのタンパク質の構造変化を円二色性(CD)および紫外共鳴ラマン散乱により調べた。 2.円二色性(CD):T状態マーカーとして知られるHbの290nm付近の負のCDが、これらの異常Hbでどのように変化するか調べた。その結果、アロステッリックエフェクターであるIHP存在化で協同性のある状態では、両変異Hbとも正常Hbとほぼ同じ負のCD帯を示した。したがって、この負のCD帯の由来はβ37Trpやα42Tyrの状態変化によるものではないことが判明した。 3.紫外域共鳴ラマン散乱(UVRR):リガンド結合型HbでのTrpとTyrの状態が、脱酸素型(Deoxy)でどのように変化するか、CO-Deoxyの差スペクトルにより検討した。これによりヘモグロビンのR状態からT状態への四次構造変化にともなう芳香族アミノ酸、TrpとTyrの状態変化を知ることができた。つぎに、Hb Hirose(β37Trp→Ser)とHb(α42Tyr→His)について、これらのアミノ酸変異がもたらすHbのタンパク質の構造変化をUVRRにより調べた。その結果、Trpの変化の約70%はβ37Trpによること、またTyrの変化としてみられる波数シフトと強度変化のうち、波数シフトはこのα42Tyrによることが明かとなった。
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