リゾフォスファチジン酸(LysoPA)で線維芽細胞を処理すると、細胞増殖を促進すると共に、処理直後にはストレスファイバーの発達やラッフリングが生じることから、アクチンフィラメントを介した細胞骨格系へもシグナルを送っていることが示唆されている。又、LysoPAで細胞を処理すると、癌細胞の浸潤性が増すことが報告されており、これもアクチンフィラメントの調節を介している可能性が高い。我々は癌細胞におけるLysoPAの細胞増殖、転移機構を明らかにするため、LysoPAの細胞内情報伝達機構の解明を行った。NIH3T3細胞をLysoPAで処理するとfocal adhesion kinase(FAK)、パキシリン、テンシンがチロシンリン酸化されることが判明した。チロシンリン酸化をもたらすチロシンキナーゼは未だわかっていないが、LysoPAによる細胞骨格系の変化がこれらの蛋白質のチロシンリン酸化を介すること、そしてその結果、細胞が転移しやすい細胞形態に導かれることが予想された。 LysoPAのシグナリングにチロシンキナーゼが関与していることが明らかになったので、次に、血小板由来増殖因子(PDGF)受容体のチロシンキナーゼの下流で重要な役割を果しているホスファリパーゼC(PLC)γ1が、LysoPAの細胞内情報伝達機構にも介在していないかを検討した。PLCγ1がPDGF受容体に結合した後、チロシンリン酸化される部位のチロシンリン酸化ペプチドを合成し、これに対するポリクローナル抗体を作製した。チロシンリン酸化ペプチドやこの抗体を細胞に微量注入すると、LysoPA刺激時のラッフリング形成が阻害された。又、この抗体で細胞染色するとラッフリング形成部位が染まることが明らかになった。これらのことから、PLCγ1がLysoPAの情報伝達に関わっていることが示唆された。
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