CBAマウス純系コロニー内に自然発症した遺伝性溶血性貧血症の原因を明らかにするため、赤血球酵素活性および解糖中間体の測定、赤血球・肝臓抽出液のイムノブロット解析、肝臓抽出液のアイソザイム解析を行った。赤血球酵素活性の検索では溶血性貧血マウスの赤血球PK活性は正常の3%以下に低下し、PKより上位の解糖系中間代謝産物の蓄積を認めたためこの貧血がPK異常症によることが明らかになった。肝(L)型PKに対するポリクローナル抗体を用いたイムノブロット解析では、赤血球・肝臓内のPKサブユニットの量および分子量に変異マウスと正常対照との差は認めなかったが、変異マウス肝臓抽出液の活性染色では本来認められるL型アイソザイム活性は認められず、正常肝ではごく低い発現を認めるM2型PK活性のみが検出された。このことから変異マウス赤血球および肝のPK蛋白量はほとんど正常だが、その活性はほぼ完全に消失していることが明らかになった。RACE法にてCBA系マウス骨髄mRNAからマウス赤血球(R)型PKcDNAクローニングを行い、得られた配列をもとに異常マウスの分子異常を決定した。マウスR型PKcDNAは574アミノ酸をコードし、翻訳領域におけるヒトR型PKとの相同性は塩基レベルで86.1%、アミノ酸レベルで91.5%であった。PK異常マウスのR型PKcDNAの塩基配列を解析したところ、単一塩基置換1013GGT→GATのホモ接合体であることが明らかになった。この変異によりR型PKの活性中心を構成する338番目のGlyがAspに置換する。337番目のArg残基を中心にした5つのアミノ酸はPK遺伝子のエクソン8にコードされ、基質ホスホエノールプルビン酸との結合に重要であり、この変異により活性中心の構造変化が引き起こされ、基質親和性が低下して赤血球内の生理的基質濃度におけるPK活性がほとんど消失したものと結論できた。ヒトPK異常症においても同様の活性中心変異が同定されており、その赤血球PKの解析で本来成熟赤血球には残存しないM2型PKが検出されている。同様の重篤な構造変異でありながら本マウスのPK異常症がヒトのPK異常症より貧血の重症度が軽いのは、主として脾臓において対照の約66倍もの著明な赤芽球産生の亢進が存在することによると考えられる。このPK異常症マウスはヒトPK異常症の病態解析および新しい治療法開発に極めて有用と考えられる。
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