肺癌、各年齢の正常肺、前癌状態を分子病理学的に検索し、EBVの感染の程度や広がり、EBV感染の標的細胞や感染時期、EBV関連肺腫瘍の臨床病理学的特徴について検索し、EBV感染肺腫瘍の癌遺伝子、癌抑制遺伝子の発現や遺伝子異常について検討した。成績(1)正常肺、炎症性肺疾患、肺異型上皮のEBV感染検索:17例の胎児、10例の新生児、10例の小児、30例の成人の肺組織をIn situ hybridization(ISH)法で検索したが、EBV陽性例はみられなかった。30例間質性肺炎、20例の気管支肺炎をISH法にて、EBVのEBERlの発現を検索したが、8例の間質性肺炎(膠原病5例、特発性3例)の症例で過形成性の末梢細気管支上皮に限局して、少数のEBERl陽性細胞が散見された。10例の気管支上皮異形成、6例の肺胞上皮腺腫様増生をISH法にて、EBVのEBERlの発現を検索したが、EBV陽性所見はこれらの異型上皮にはみられなかった。また、EBV遺伝子産物発現(LMP1、EBNA2)、EBVレセプターのCD21は正常肺及び炎症性肺疾患、肺異型上皮すべて陰性であった。(2)肺悪性腫瘍のEBV感染検索とEBV感染肺癌の特徴:現在まで新たに87例の肺癌や1例の肺原発悪性リンパ腫についてEBVのEBERlの発現を検索したが、新たに1例のlymphoepithelioma-like carcinoma(LE-like carcinoma)がみつかった。Polymerase chain reaction(PCR)法ではこの一例のEBERl陽性LE-like carcinomaにEBV-DNA反復塩基配列を検出したが、他には検出されなかった。(3)癌遺伝子、癌抑制遺伝子の異常の検索:ホルマリン固定パラフィンブロックよりDNAが抽出可能であった3例のEBV感染肺腫瘍についてKi-ras遺伝子及びHa-ras遺伝子のコドン12、コドン61の点突然変異を検索したが、ras遺伝子点突然変異は検出されなかった。同様にこの3例について、p53遺伝子異常のエクソン2から9までにかんし、PCR法やSSCP-PCR法で検索したが、3例のEBV感染肺腫瘍にはp53遺伝子異常は検出されなかった。考案:今回の検索で初めて間質性肺炎の症例で過形成性の末梢細気管支上皮にEBV核酸(RNA)が検出され、間質性肺炎の末梢細気管支上皮がEBV感染の標的細胞である可能性が明かとなった。その間質に浸潤するリンパ球の少数にもEBV-RNA陽性細胞がみられることから考えて、肺局所における免疫学的異常とEBV感染が関連している可能性が示唆される。EBVは異型上皮にはみられなかったが、高癌化状態とされる間質性肺炎の末梢細気管支上皮のEBV感染は特記すべきであり、そのEBV遺伝子産物発現や癌遺伝子癌抑制遺伝子の発現や異常についても今後十分に検索する必要があると思われた。癌遺伝子、癌抑制遺伝子の異常はEBV感染肺腫瘍にはみつからなかった。これには通常の非肺小細胞癌の辿る発癌過程を経ないで発生する可能性も示唆されるが、症例数の制約に加え、検索した癌遺伝子、癌抑制遺伝子の種類も少ないので、今後更に検討を加える必要があると思われた。また、肺原発のLE-like carcinomaに関しては、肺の大細胞癌から低分化扁平上皮癌に分類される腫瘍と考えられた。
|