研究概要 |
ヒトゲノムには垂直伝播する多数のレトロウイルスが内在性に存在する。成人T細胞白血病(ATL)に関与しているレトロウイルス(HTLV-I)は水平伝播するが、ATL発症における役割は不明である。抗HTLV-I血清抗体陽性率は癌患者で健常者に比べ高いという我々の知見に基ずいて、癌患者の血液または腫瘍組織DNA中のHTLV-I遺伝子(LTR、gag、tax)の有無をPCR-SSCP、Direct Sequencingで検索し、同遺伝子の腫瘍組織内局在をIn Situ Hybridization(ISH)で調べた。細胞増殖関連遺伝子産物発現異常を免疫染色で検索し、染色体の不安定性をMNNG処理によるSCE値によって調べた。HTLV-I遺伝子の陽性率は鼻咽頭、泌尿性器、骨軟部組織、内分泌、呼吸器、造血器、皮膚、胚細胞、神経、消化器の腫瘍でそれぞれ100、92.3,88.0、87.5,83.3,76.5、75.0、71.4,44.4、33.3%であった。多型性を示し変異を持つ例が多かったがHRES-1との相同性はなかった。ISHで、腫瘍細胞と腫瘍組織内リンパ球の核に信号が検出された。非腫瘍部分のDNAにもHTLV-I遺伝子信号は検出されたが、増幅効率が悪く十分な解析ができなかった。ATL患者家族、特に抗体陰性者のHTLV-I遺伝子には患者のそれと異なる多型が認められた。さらに同一者の異なる時期のDNA多型性に経時的変動が観察された。LTR、gag、taxすべてが検出された抗体陽性者のリンパ球はHTLV-I遺伝子陰性者のリンパ球に比べMNNG処理後有意に高いSCE値を示し、HTLV-I遺伝子をもつリンパ球の染色体不安定性が示唆された。EBウイルス遺伝子とHTLV-I遺伝子が共に検出された鼻咽頭癌では細胞増殖関連遺伝子産物発現の著しい異常が認められた。以上、HTLV-I遺伝子はヒトDNAに存在し、宿主細胞の遺伝子再構成によりHTLV-Iプロトタイプ塩基配列に近似する配列となるに伴い宿主細胞DNAの不安定性が増大し、宿主細胞は他の発癌因子への被曝により細胞遺伝子の脱制御を起こし易い状態になることが示唆された。
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