ヒト正常線維芽細胞にヒト肺癌よりクローニングされたコドン273に変異のあるp53をサイトメガロウイルスプロモーターの発現ベクターに組込み、遺伝子導入により細胞の不死化が起こるかどうか検討した。その結果、細胞の分裂寿命の延長が認められ、多くの細胞に染色体の異常が起こったが、細胞は不死化しなかった。しかし、この細胞をX線あるいは4-ニトロキノリン 1-オキサイド(4NQO)で処理すると不死化した。X線あるいは4NQOの処理のみでは細胞は不死化しなかった。 不死化した細胞では、p21/cip1/waf1/sdi1の発現は著しく減少した。cdk2-kinase、cyclinA-kinase活性は細胞が不死化すると上昇した。この活性上昇は、変異p53をもつ細胞ではp21の発現が誘導されず、kinase活性が阻害されない結果と考えられる。一方、p16、cdk2、cdk4、cdk6、cyclinA、cyclinDの発現は細胞の不死化前後と変らなかった。以上のデータをまとめると、細胞の増殖をG1/S期で負に制御するp53遺伝子と、正に制御するcdk2/cyclinA-kinase遺伝子群との発現の乱れが、ヒト正常細胞を不死化させると推定される。 我々の研究で、p53変異は細胞の分裂寿命の延長と染色体異常の誘導にみられる遺伝子の不安定性を起こすが、p53の変異のみでは細胞の不死化には十分ではないことが判明した。細胞の不死化にはX線や4NQOなどの処理などによるさらに別の遺伝子の変異が必要で、その遺伝子の同定が今後の研究課題である。
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