我々は、ヒト症例や実験動物の結果より日本住血吸虫感染が腫瘍発生の原因となり得ることを示唆すると共に、新鮮日本住血吸虫虫卵から強い細胞障害性物質が分泌されていることを示した。 本研究では、日本住血吸虫虫卵の代謝産物による腫瘍発生を明らかにする目的で、2種類の虫卵代謝物質(虫卵を培養して得た培養上清と、日本住血吸虫成虫よりin vitroで産卵され、成熟した虫卵を直接)を用いた。これら2種類の代謝物質と継代可能な培養細胞株(BALB3T3細胞、NIH3T3細胞、C3H10T1/2細胞)とを混合培養し、細胞の突然変異の発生頻度を検討した。また、これら虫卵代謝分泌物質が、細胞変異のイニシエーターとして作用するのか、プロモーターとして作用しているのかを明らかにするために、既知のイニシエーターやプロモーターを用いた実験を平行して行った。特に、イニシエーターとしての作用実験では、培養細胞に生ずる変異原性を中心に観察した。 結果としては、新鮮虫卵と培養細胞とを同時に培養した場合には、虫卵より代謝される物質の細胞障害性が長期間持続し、そのために虫卵周囲では細胞増殖が抑制されたが、周囲細胞の変異は認められなかった。一方、虫卵培養上清を用いた場合には、実験状況(虫卵培養上清の回収方法)の違いにより、変異原性が認められたり認められなかったりと一定した結果が得られなかった。また、作成された変異細胞株のcloningを行ない、寒天ゲル内で培養を行い細胞変異度を調べた。その結果は、これら変異細胞には腫瘍細胞に見られるcolony形成能はあるものの、ras遺伝子を挿入した陽性対照群の細胞に比してコロニー形成は弱かった。また、今回の実験ではこれら虫卵代謝物質にはプロモーターとしての作用は認められなかった。 本実験では、虫卵粗蛋白質を分離精製し、その中から癌原性物質を探し出すことを試みたが、十分量の虫卵蛋白を得ることが困難のため虫卵蛋白の分離精製が出来ず、発ガン物質の同定も出来なかった。 本研究では、虫卵培養上清中には細胞変異原性物質の含まれている可能性を否定は出来なかったが、他方積極的に発ガン性を示唆する物質の特定も現在まで出来なかった。
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