有機燐農薬は急性毒性を殺虫剤に応用している。ところが少数の有機燐農薬では急性中毒から回復して数週後に発症する麻痺が認められ、遅発性神経毒性といわれる。本毒性が証明された農薬は生産が中止されるため、入手困難になる。そこで本毒性のモデル物質として、トリオルトトリル燐酸(TOTP)あるいは亜燐酸トリフェニル(TPP)が用いられている。近年、有機燐農薬の急性中毒患者の中に発症の1〜4日後に躯幹部の筋肉が麻痺している患者がいることがわかり、これが有機燐による第三の神経毒性「中間症候群」といわれるようになった。ところで、TOTPによる麻痺とTPPによる麻痺は異なるという指摘がある。筆者らはTPPは「中間症候群」のモデル物質ではないかと疑い、ウズラを用いてTOTPとの比較実験を試みた。毒性試験では毒物の投与方法が要点になる。経口投与、皮下または静脈注射などが用いられているが、これらの方法では急性中毒死がしばしば発生し、急性中毒から回復した後に発症する神経毒性を検出するという目的の妨げになっている。そこでStumpfらが報告(1989)した経皮投与法を用いることにした。TOTPおよびTPPを99%エタノールに溶解し、マイクロ・ピペットで定量してウズラの背部皮膚に滴下するという方法は、急性中毒を抑えて遅発性の神経障害を強く発現させる優れた投与法である。その結果として、TOTPでは1週以上の潜伏期の後にまず運動失調が現われ次第に悪化して麻痺に進行するのに対して、TPPの場合は、投与当日は全く異常がなく、翌日から2日後に突然重症の麻痺が発症することが明らかになった。
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