はじめに:我々はケラチンの生物学的役割、特に外来性のケラチンが細胞内でとる形態とその経時変化を調べるために、酸性ヘアーケラチンであるmHa-1の遺伝子を培養細胞内に導入し、細胞生物学的手法により検討した。 方法:アフリカミドリザル腎細胞由来の株化細胞であるCOS-1細胞とヒト包被皮膚由来の表皮細胞を培養後、酸性ヘアーケラチンのcDNAをリポフェクション法により遺伝子導入した。続いてヘアーケラチンと内在性ケラチンを特異的抗体を用いて蛍光抗体法法により検出した。 結果:内在性ケラチンとしてK8とK18をもつCOS-1細胞においては、mHa1は変異のない正常な構造を持っているにもかかわらず、ネットワーク構造を作らず凝集塊を生じた。また内在性ケラチンもmHa1と共存して凝集塊を形成していた。しかし、内在性ケラチンとしてK5とK14を持つ表皮細胞においては、mHa1は凝集塊を作らず内在性ケラチンと共存し、細胞質内にネットワーク構造を形成していた。 考案:(1)我々の得た結果は、発現したヘアーケラチンがネットワーク状に分布するには、適切なケラチン対が細胞質内においてネットワークを形成していることが必要であることを示すものである。つまり一般に、ケラチン対は正しい組み合わせで正しい部位に発現したときのみネットワーク構造を形成できるものと思われる。個々の上皮において、ケラチン対の発現様式は部位と順序が極めて厳格に規定されていることが推測される。(2)またこれらの結果のもとに、単純型表皮水疱症や水疱型魚鱗癬様紅皮症などのいわゆるケラチン病におけるケラチンの凝集塊の形成秩序を推測することが可能である。すなわち、個々のケラチンの構造の中には、正してケラチン対の組合せを選択する領域が存在するものと思われるが、上記の疾患ではロッドドメインの変異により、このケラチンの構造の相違を表現する領域の立体構造が変化したものと推測される。そのためにケラチン対の組合せが不適切であるものとして認識され、その結果既存のケラチンネットワークを破綻させ凝集塊が形成されるものと思われる。
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