ヒト腎癌細胞SMKT-R3は無血清培地でも増殖することから自律増殖能があると考えられる。一方、ヒト腎癌細胞では糖脂質硫酸転移酵素(GST)が特異的に高発現している。自律増殖とGST発現のメカニズムを解明するために、以下の実験を行った。チロシンキナーゼ阻害剤Genisteinは、EGFによる増殖促進作用を打ち消すのみならずEGF未処理細胞の増殖を完全に阻害するとともに、GST活性も抑制した。このことから、内在性のチロシンキナーゼが自律増殖とGST発現の両者に働いていることが推定された。実際、SMKT-R3細胞ではEGF受容体以外の内在性のチロシンキナーゼが活性化されており、分子量約12万のチロシンリン酸化蛋白質が検出された。しかし、このチロシンリン酸化蛋白質は、抗ホスホチロシン抗体を用いたウエスタンブロッティングでは検出されたが、免疫沈降では回収されず同定まで至らなかった。次に、Rasの関与を解析した。SMKT-R3細胞にv-H-rasを遺伝子導入し安定に発現する細胞株を樹立した。v-H-ras導入細胞は親株と比較して高いGST活性を示したが、増殖能はさほど変化しなかった。v-H-ras導入細胞はRas以下の下流のシグナルが飽和しているため、上流のEGF刺激に対して不応性になっていた。一方、v-H-ras導入細胞にGenisteinを添加してもGSTの活性低下はみられず、GST活性の維持に働くチロシンキナーゼはRasの上流で作用すると思われた。Genistein添加により増殖は抑制されたので、増殖に関与するチロシンキナーゼは他の作用点も有すると思われた。内在性のRasの活性を抑制するために、ドミナントネガティブに働くras遺伝子を導入すると、腎癌細胞は増殖不能となった。このことから、内在性Rasは腎癌細胞の自律増殖にとって必須と思われた。
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