癌の浸潤、転移を抑制する生理的物質を羊水中より精製、同定した結果、urinary trypsin inhibitor(UTI)と同一であることが判明した。このUTIの癌転移抑制活性はカルボキシル末端のHI-8と呼ばれる分子量8000のペプチドに存在した。そこでこのHI-8を癌細胞に特異的に取り込ませるため、癌細胞膜に発現しているウロキナーゼレセプター(uPAR)を分子ターゲットにし、この結合蛋白質であるウロキナーゼを利用することを考えた。ウロキナーゼはそのN末端のATFを介して、非常に高い親和性でuPARに結合することは既に知られている。そこでこのATFとHI-8を結合させたハイブリッド蛋白質ATF-HI-8を大腸菌にて作成した。各種の基礎実験の結果ATF-HI-8は癌細胞の膜にkd=1〜10nMという高親和性で結合した。ATF-HI-8はUTI及びHI-8に比較して約1/10以下の濃度で癌細胞浸潤を抑制することが確認できたので、ヌードマウスを用いた癌転移モデルにおける抑制効果を検討した。使用した癌細胞は、ヒト線維肉腫、乳癌、大腸癌、前立腺癌、メラノーマ等であり、同所移植を行った。予想された如く、すべての癌細胞においてATF-HI-8は容量依存性に癌転移を抑制した。このATF-HI-8をそのオリジナルであるUTI、HI-8あるいはATF単独投与と比較検討したが、約1/3〜1/250の濃度で転移を抑制することができた。
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