一酸化窒素(NO)は強力な血管拡張因子であり、その産生障害が妊娠中毒症の病態に関わると想定される。そこで、本症でのNO産生低下の原因となりうる血管内皮細胞障害のメカニズムを脂質代謝の面から検討した。重症妊娠中毒症妊婦では正常妊婦に比べ、動脈硬化指数、血中中性脂肪および血中過酸化脂質が有意に高値、血中HDLコレステロールおよびビタミンE、さらに多価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比、ω-3系/ω-6系比それぞれが有意に低下していた。in vitroではこれらの変化が内皮細胞障害を助長することが判明した。すなわち、重症妊娠中毒症患者は血管内皮細胞障害、ひいてはNO産生低下をもたらす生体環境にあると考えられた。妊娠尿中のNO代謝物の動態をみると、正常妊娠初期、中期、末期と尿中NO代謝産物は漸増し、産褥期にはわずかに低下した。一方、中毒症妊婦の妊娠末期の値は正常妊婦より有意に低いことから、正常妊娠では非妊時よりNO産生が亢進していること、妊娠中毒症妊婦ではそれよりもNO産生態が低下していることが示唆された。妊娠中毒症妊婦のNO産生低下につき胎盤における内皮細胞のNO合成酵素(NOS)発現の面から検討すると、中毒症症例では、肉眼的に梗塞を認めない胎盤部分でウェスタンブロット法による内皮型NOS蛋白の発現が正常妊娠症例より有意に低下していた。免疫組織染色では組織的に絨毛形態が保たれている部分での内皮型NOSの局在は中毒症と正常妊娠胎盤との間に差はなかった。つまり、絨毛での内皮型NOS蛋白の発現低下が絨毛形態の変性、すなわち妊娠中毒症の病態形成に密接に関連することが示唆された。神経型NOSはいずれの症例においても蛋白レベルでの発現は認められず、mRNAベルでの発現はいずれにもわずかに認められた。一方、誘導型NOSについては蛋白レベル、mRNAレベルともいずれの症例でも発現していなかった。すなわち、神経型NOSや誘導型NOSが正常妊娠経過や妊娠中毒症病態に積極的な役割を持っていないことが示唆された。
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