本年度は2つの共同研究があったため、計画の一部を変更した。ひとつは、ヒト唾液腺を材料にした水分泌機構の解析(イタリア・リバ研究室)、もうひとつは、IP3レセプターの細胞内局在とカルシウム動態の解析(東大・医科研・御子柴研究室)である。これらにより、研究に大きな展開がもたらされた。 唾液腺は大量の水を分泌する器官で、水分はイオンや血清蛋白の一部とともに血液から経上皮的に輸送される。これらの分子がtranscellular pathwayあるいはparacellular pathwayのいずれを通るのか、またその調節機構の実態などについての直接的証明はなされていない。本研究では、ラットやヒト唾液腺を材料に、共焦点レーザー顕微鏡と蛍光トレーサーを用いて、生きた唾液腺細胞の水分泌機構、特にtranscellular pathwayやparacellular pathwayの解析を行った。唾液腺水分泌時の特徴的形態変化として、ゴルジ装置の膨化による腺房細胞の空砲形成が知られていた。しかしムスカリン刺激で水分泌を誘発し、共焦点レーザー顕微鏡で直視したところ、空砲はゴルジ装置由来ではなく、開口分泌した分泌顆粒膜が融合・合一して拡大した管腔形質膜であることが判明した。開口分泌した顆粒膜は30分以上管腔形質膜にとどまり、ついで細胞内にとりこまれた。分泌顆粒膜には、さまざまなイオンチャネルやポンプが存在することが知られており、比較的長い時間分泌顆粒膜が管腔形質膜にとどまることが、transcellular pathwayを介する水分泌機構と関係するのではないかと考えられた。この結果は、ヒトでも同じであった。さまざまな分子量のトレーサーを用いた解析から、ムスカリン刺激時には分子量1万までの巨大分子がタイトジャンクションを通過することが明らかとなり、paracellular pathwayの調節を介して、水分泌の流量や透過分子を決定する機構が示唆された。本研究により、水分泌が開口分泌を伴うこと、分泌時には想像以上に巨大な分子がタイトジャンクションを通過するらしいことが判明した。ヒトでもこの結果が追認され、単に基礎研究だけでなく、さまざまな唾液腺疾患の細胞レベルでの病因究明の期待がもたれた。なお、IP3レセプターは主に顎下腺導管に発現しており、カルシウムによる調節機構に新たな局面が開かれた。
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