齲蝕はStreptococcus mutons(sobrinus)の母子感染症である。母親の唾液中のS.mutansは、細菌表層に存存するタンパク質抗原(PAc)により子供の歯牙表面のベリクルに付着した後、菌体外グルコシルトランスフェラーゼ(GTF)の働きで歯牙表面に固着しグルカンのバリアを形成する。このような状況下でS.mutansがF_1F_0ATPaseによりH^+を菌体外に排出し、それと連携して有機酸を排出することが疾患発症の直接の原因である。本年度はPAcのペプチド抗体、GTF遺伝子の解析およびF_1F_0ATPaseの研究を行い、フッ化物に次ぐ齲蝕予防新薬開発の基礎研究を前年度に継続して行った。 S.mutansF1F0ATPase β-subunit 5'末端(F1F0ATPase 5080-5996No.U31170 from GeneBank)の遺伝子をクローニングした。これをプラスミドベクターであるpVA891に挿入し、得られたプラスミドをS.mutansの染色体と相同組み換えをおこさせることによってF1F0ATPase β-subunit遺伝子領域に変異をおこしたS.mutans NTS1株を作製した。このNTS1株のF1F0ATPase活性は親株であるS.mutans GS5株のF1F0ATPase活性の約47%に減少していた。NTS1株とS.mutans GS5株を静置培養させた際の発育曲線を比較すると同一培養条件においてNTS1株の方がS・mutans GS5に比して対数増殖期にはいるのが遅く、また最終的な培養液の濁度も低かった。S.mutans GS5株にF1F0ATPase活性の阻害剤であるグラミシジンDを作用させるとプロトンの排出が部分的に抑制され、発育が減少した。NTS1株にグラミシジンDを作用させた場合の発育はグラミシジンDを作用させない場合のMTS1株の発育よりも対数増殖期に入るまでにかかった時間か約3倍であった。 また、S.mutans (S.sobrinus)GTFの遺伝子クローニングを行い、そのアミノ酸配列に由来するペプチドの中から、GTF活性を阻害するペプチドを発見した。 以上のことから、F1F0ATPase阻害剤、GTF阻害剤はフッ化物に次ぐう蝕予防の新薬として有望である。
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