新規なシンクロファン様凝環状ホストによるホストーゲスト錯体化を構築することを目的として、2分子のチロシン残基をスペーサーを介してビスフェノールと結合したキラルなホスト分子を合成した。こうしたホスト分子は、1)水中での疎水性相互作用によって多環芳香族化合物等を包接すること、また、2)芳香族アミノ酸などの対掌体を疎水性相互作用と静電気相互作用によって識別することを明らかにした。 ホスト分子のNMR化学シフトの濃度依存性から、ホスト分子は水中において会合定数約170の2量体化平衡を持つことがわかった。ダンシル酸(DNS)や8-アニリノ-1-ナフタレンスルホン酸(ANS)、ビレンなどの蛍光プローブを用いて蛍光測定を行った結果、こうした2量体化したホスト分子がゲスト分子を取り込む疎水的な空孔を作り出すことが明らかになった。そこでピレンや、ナフタレン、フェナントレン、ベンゾ[a]ピレンなどの環数の異なる多環芳香族化合物をホスト分子によって固一液抽出することを試み、会合定数を算出し、包接の選択性を評価した。ピレンでは水に対する飽和濃度と比較し、260倍のピレンが抽出された。 ホスト分子の不斉選択性を評価するため、オクタデシルシリル化シリカゲル(ODS)などの逆相系充填剤の表面に疎水的に結合(コーティング)し、クロマトグラフィーによってアミノ酸、ヒドロキシ酸、アミン及びアミノ酸エステルなどの分離を試みた。その結果、溶質構造中にはアミノ基とカルボキシル基が静電的結合部位として必須であること、またアミノ酸残基中には芳香環が存在しなければならないことが明らかとなった。一方、ホスト分子をシリカゲルに結合した充填剤を合成したが、こうした充填剤では芳香族アミノ酸を分離できなかった。充填剤表面では結合されたホスト分子の二量体化が困難であり、分離が得られなかったものと推定した。 以上の結果を踏まえ、MMおよびMD計算を用いてホスト分子の2量体と、ピレン-2量化したホスト分子錯体の最安定構造を推定した。また、芳香族アミノ酸の対掌体に対する選択性がどのようにして与えられるのかを明らかにするため、MMおよびMD法によって安定な錯体を作り、nsecオーダーのMD計算によってジアステレオマ-分子錯体のポテンシャルエネルギー(安定性)と内部運動を評価することを試みた。MD計算によって錯体内部の各種の二面体角をサンプリングし、モーメント分析の手法を用いて錯体内部の自由度を評価し、どのような運動様式の違い、あるいは構造の違いが不斉選択性を与えるかを明らかにする手順を確立した。
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