本研究では、液胞型ATPaseが細胞増殖の調節あるいは形質転換やがん化形質の獲得においていかなる役割を果たしているのかを解明するとともに、その生理的役割を明らかにすることを目指し以下の研究を行なった。 1.BPV-E5発現プラスミドをラット繊維芽細胞株EL2に導入し、安定形質転換株を樹立した。この株では、顕著な形態変化は認められなかったが、軟寒天中でのコロニー形成および増殖飽和密度の上昇が認められ、リソソーム内pHも上昇していた。さらにEL2株で液胞型ATPase・プロテオリピッドサブユニットのアンチセンスRNAを発現させたところ、E5による形質転換株と同様の増殖飽和密度の上昇が認められた。これらの結果から、E5による形質転換には液胞型ATPaseの機能低下によるオルガネラの酸性化阻害が原因の一つをなしていると推定された。一方、EL2株にE5、プロテオリピッドおよびPDGF-Rを様々な組み合わせで導入したところ、3者を同時に導入した時にのみトランスフォーメーションが強く誘導されることを見い出した。したがって、E5による形質転換にはPRGF-Rからのシグナル伝達系が活性化されることも重要な働きを担っていると結論される。今後レセプターのターンオーバーの変化、PDGF-Rからの増殖シグナルの昂進について解析を進めていく。 2.液胞型ATPase・プロテオリピッド遺伝子を破壊したノックアウトマウスを作製することを目指し以下の研究を行った。マウスゲノムライブラリーをスクリーニングし、プロテオリピッド遺伝子クローンを分離した。一次構造の解析から、3つのエクソンよりなる遺伝子の全構造を明らかにし、あわせて2つの偽遺伝子を見い出しその構造を決定した。遺伝子構造をもとにターゲッティングベクターを作製し、マウスES細胞に導入し、3種の相同組換体を分離した。得られたヘテロノックアウトES細胞は正常に増殖し、分化能力も維持していた。これら組み換えES細胞をマウス8細胞期胚にマイクロインジェクションし、ES細胞由来キメラマウスを分離した。今後、得られたキメラマウスを交配しF1ヘテロノックアウトマウス、さらにF2ホモノックアウトマウスを分離する。
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