ヒト正常体細胞は、有限の細胞分裂可能回数をもつ(細胞老化)。これは個体の老化を進行させる原因の一つである可能性があり、他方、細胞が無限の分裂寿命を獲得すること(細胞の不死化)は、臨床的な癌組織を形成するために必須であると考えられる。正常細胞が老化すること、および癌細胞が不死化能を獲得するには、各種遺伝子の働きおよびその変異によるが、関わる遺伝子群についての全貌は未だ明らかではない。本研究では、細胞の老化時あるいは老化にともなって発現昴進する遺伝子群および、細胞不死化によって発現が昴進あるいは低下する遺伝子群を拾い上げることを目的とした。ヒト繊維芽細胞からcDNAライブラリーを作成し、ライブラリーを差ハイブリダイゼーションによってスクリーニングすることによって、老・若細胞や不死化細胞のあいだに発現の差のあるcDNAをクローニングした。その結果、若い細胞で発現が高く、老化すると低下するもの、その逆の発現を示すもの、不死化細胞で発現が高く、有限分裂寿命で発現が低下するもの、その逆の発現をするものなど、多数のcDNAをクローニングすることができた。既知の遺伝子に由来するものもあったが、塩基配列が報告されていない未知遺伝子と、塩基配列断片の報告があるが機能が調べられていないものに注目し、これらの全長cDNAをとった。そのなかのひとつN10は、1272塩基対からなり、232アミノ酸からなる蛋白質をコードし、親水性に富む塩基性アミノ酸のクラスターと4つのロイシンジッパー様構造をもつなど、転写因子としての性質を備えていた。他方、研究期間中に、テロメラーゼが細胞不死化に大きな役割をもつことがわかってきたので、テロメラーゼの発現についても研究を展開し、肝臓や胃腸において、正常組織では発現しないが、癌組織のほとんどで発現し、癌細胞が不死化していることを明らかにすることができた。
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