中枢神経系における亜鉛とマンガンの生理的役割を明らかにするために、それらの脳内動態の解析から、亜鉛とマンガンの役割を検討した。その結果、脳内で亜鉛が滞留する領域が海馬に加え大脳皮質の扁桃核、梨状皮質、鼻周囲皮質といった記憶と関連する領域であることを見いだした。これらの領域がZn-containing neuron(シナプス小胞に亜鉛を含むニューロン)を高濃度に含むことから、亜鉛はニューロモジュレーターとして記憶に関与しているものと考えられる。さらに、亜鉛の滞留部位が嗅覚中枢でもあったことから、嗅覚路における亜鉛輸送を調べたところ、亜鉛は嗅覚路に沿って輸送されることが明らかになり、嗅覚路においてZn-containing neuronが存在することが示唆された。亜鉛が嗅覚の伝達に対してニューロモジュレーターとして働くことを調べるため、嫌悪臭を学習したラットを用いて、扁桃核の細胞外液中の亜鉛をキレーターで隠蔽したところ、嗅覚能は一時的に低下し、亜鉛が嗅覚の伝達に関与していることが考えられた。一方、Zn-containing neuronは、グルタミン酸作動性のニューロンの一部と推定されていたが、大脳基底核における亜鉛輸送から、線条体-黒質系、淡蒼球-黒質系等のGABA(γ-アミノ酪酸)作動性ニューロンがZn-containing neuronであることを示唆した。すなわち、亜鉛は興奮性ニューロンに加えて抑制性ニューロンにもモジュレーターとして含まれていると考えられることから、脳内で幅広く情報伝達に関与しているものと考えられる。一方、マンガンについても同様に脳内滞留領域を調べたところ、中脳下丘、赤核、オリーブ核にマンガンは滞留し、中毒症との関連が考えられていた大脳基底核への滞留性はそれらの領域より近いことが明らかになった。また、脳内輸送を検討したところ、マンガンはニューロン内で軸索輸送されるとともに、ニューロン終末より、シナプス間隙に放出されることが示唆された。
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