研究概要 |
本研究の目的は分裂病の陰性症状の臨床像を念頭におき知的機能障害、特に記憶障害と注意機能障害に焦点をあて、陰性症状の動物モデルの確立を試みようとしたものである。実験には慢性喫煙や投与によって分裂病様症状を誘発する大麻主成分Δ^9-tetrahydrocannabinol(THC)やphencyclidine(PCP)を用いての研究を中心に施行した。 THCやPCPは作業記憶を反映する遅延見本合わせ課題(DMTS)および注意機能を反映する選択反応課題(CRT)でのperformanceをいずれも障害した。さらにTHC(10mg/kg,i.p)の4日間の反復投与(24時間後の観察)によりDMTSは著名に障害され、その障害は投与回数に比例して増強された。休薬後DMTS performanceが対照群のレベルにまで回復した時点で、THCを再投与すると反復投与4日目の著しい障害が誘発され逆耐性現象が認められた。このDMTS障害はレバ-押し反応そのものが抑制された点で、THCのヒトでの特徴的な症状とされる無動機症候群(amotivational syndrome)に類似した行動である可能性が示唆された。THCやPCPで誘発されるDMTS障害やCRT障害は共に一連のσ receptor antagonistにより著明に抑制された。これらのσ receptor antagonistが一様にヒトで陰性症状の改善効果を示す点を考慮に入れると、本実験モデルは分裂病の陰性症状モデルとしての可能性を示唆している。一方、薬物の長期投与後の反応性の変化は最初期遺伝子c-fosの脳内誘導を介する受容体の感受性の変容と関連性がある事が示唆されている。そこでカンナビノイド受容体密度の高い線条体および側坐核でのTHC投与によるFosタンパクの誘導を調べた結果、著しい誘導が認められたが、淡蒼球、海馬および黒質網様層ではTHCによるFosタンパクの誘導は認められなかった。このようにTHCはFosタンパクの誘導を起こすが、その誘導部位はカンナビノイド受容体の分布とは必ずしも一致しなかった。またTHCによる線条体および側坐核でのFosタンパク誘導はドパミンD_1受容体拮抗薬SCH-23390により完全に抑制されるが、D_2受容体拮抗薬sulpirideによっては抑制されなかった。このことからTHCによるFosタンパク誘導は少なくとも一部はドパミンD_1受容体を介した作用である事が示唆された。
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