ヒトの姿勢調節機構は、大きく分けて2つに大別可能である。その1つは、従来から盛んに解析が行われてきた「姿勢反射」に関する機構である。この解析では、主に脊髄にその中心機構が存在することを前提に、ヒト及び動物が様々な姿勢調節を余儀なくされる事態において、この「姿勢反射機構」がどのように駆動され、それが実際の姿勢保持にどのように合目的的に働くかを解析するものであった。もう1つの姿勢調節機構に関する解析は、1960年代後半から提唱されてきた「予測的姿勢調節機構」である。この姿勢調節機構の解析では、反射的姿勢調節にのみ依存しないもっと積極的な姿勢調節機構が上位中枢に存在し、予測可能な外乱が生体に加わる時この機構が駆動され、目的の運動の遂行を保証するというものである。本研究は、後者の姿勢調節機構の実体とその運動神経理学的機序を解析したものである。具体的には、ヒトを対象にして上肢の随意運動遂行時の脊髄運動反射(H反射)を記録し、其の指標の変化から予測的姿勢調節機構を解析した。得られた結果から、この姿勢調節機構は、その時の姿勢変化(外乱)の必要性に相応して、多様にその駆動が修飾される汎用性の高い調整機構であることが分かった。しかも、その機構は、練習や学習という過去の経験に基ずいて、その機能は高い可塑性を有していることが判明した。この事実は、今まで紋切り型の機構と考えられてきた「姿勢調節機構」の考え方に、一石を投じる事実であると思われる。
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