聴覚末梢系の数理モデルを逆変換する。蝸牛内での半波整流波から全波を復元するには、半波整流波形が保持されるという制約条件の下での巡回的アルゴリズムによって漸近的に近似できることが昨年確認できた。Meddisの神経伝達物質に基づく内有毛細胞モデルを基礎として神経伝達物質に関して逆問題を解くことによって蝸牛での非線形飽和持性の逆変換を実現した。Slaneyによる逆AGC(自動利得調整)も追試の結果、入力が大きくなるに連れて不安定に発振が起きることがあることを確かめた。これに対する有効な解決策はまだない。逆Meddisモデルにおいても小振幅信号に対しては聴覚モデル出力から原入力音を高精度に再現することができたが、大振幅入力に対しては不安定になる現象が認められた。外耳から内耳に至る音響系の伝達特性は線形系として処理できるので逆変換が不十分ながらも実現された。 音声波の人工内耳電極パルスへの効率的な変換のための音声符号化法の原理に基づく効率的多チャンネルパルス化アルゴリズムを開発した。音声符号化法では入力音声を分析して近似フィルターを得ているのにたいして、この問題では所与のフィルターセットについて最適な組み合わせ系列を求める問題に帰着できる。このときフィルターセットを符号とする正負のパルス系列が圧縮音声情報として得られ、これを人工内耳の電極パルスに対応づけるのである。符号化複合化(分析合成)によって符号化の精度を確認したところ、低域に比べて相対的にエネルギーが小さい高域成分が分析過程で脱落して不足していることがわかった。符号化時に脱落する問題を解決するために、高域強調、スペクトル平坦化処理を取り入れたところその効果が認められたが音質改善の点で不十分であった。未解決の問題が残っているが人工内耳のための高品質の音声符号化法として本方式の可能性が確認された。
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