本研究では、注意や意識といった定量化が困難な脳の潜在的な情報処理機能の発現機構を明らかにし、その情報処理原理或いはモデル化そのものを利用した人工知能情報処理システムの工学的実現と応用を目指して、注意や意識が複雑に関わる認知現象を情報処理モデルとして捉える試みを行った。特に「視認知における交代想起現象」を取り上げ、1.その基本特性を現象論的に把握すること、2.生理心理学的知見を盛り込んだその可能な数理的取扱い方法を確立することを目的に研究を進めた。その結果、1.については、ルビンの反転図形等を用いて異なる認知が交互に起こる認知の想起現象を捉えて、このような多義曖昧図形の解釈における普遍的な基本特性としてその認知持続時間(一つの解釈が持続する時間)の統計分布がガンマ分布となる知見を得た。2.に関しては、この普遍的特性を記述しうるニューラルネット情報処理モデルを模索して、単一層ネットワークをモジュールとする多層ニューラルネットワークを構成し、2つの解釈に対応した2つのニューロングループにおけるそれぞれの発火率が時間を追うごとに交互に支配的になることを示し、認知実験結果との比較検討を行うことによってモデルの有効性を立証し得た。特に入力挙動モデルを種々検討し、顕著なガンマ分布と顕著な発火率パターンを得るためには、カオス的挙動が重要であることを見いだした。平成7年度においては、認知実験の知見から、どのような基本特性をどのようなモデルで表現しうるのかを模索し、平成8年度では、基本モデルを発展させて、より詳細なカオス挙動をより精緻な認知実験結果と比較検討し、異なる認知が交互に起こる認知の想起現象の発現機構を表現しうることを示すことができた点で、当初の計画は達成し得たと考える。今後、認知情報処理におけるカオスのもつ重要な普遍的特異性を利用した工学応用への発展研究を行う予定である。
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