ゼブラフィッシュの脳は、わずかに50万個程度の神経細胞から作られており、脊椎動物の中でも最も小さく単純な脳の一つである。免疫組織学的研究のために、成熟したゼブラフィッシュ脳のシナプス膜画分を抗原としてモノクローナル抗体を調製した。得られた抗体の内の一つは、シナプス膜画分を用いたウエスタンブロットにおいて、約100kDaの単一のタンパク質のみを特異的に認識した。このタンパク質は脳にのみ局在し、ゼブラフィッシュの他の組織には存在しない。成体脳の凍結切片において、この抗原は視神経、第八脳神経、迷走神経、などの神経軸策が集まった束の領域に特に多く検出された。高倍率でみると、この抗体は軸策の束の中に散在しているオリゴデンドロサイトを染色していることがわかった。魚類の延髄には巨大な軸策をもつマウスナ-細胞があるが、この太い軸策の周辺も強く染める。ミエリン塩基性タンパク質などはオリゴデンドロサイトのなかで軸策に巻きついたミエリン鞘の部分に局在しているが、この抗原は細胞体の表面に分布していると考えられる。幼弱なゼブラフィッシュの脳において、受精後1〜1.5カ月の間に第八脳神経にある軸策が抗体で強く染色されるようになるが、この時期には視神経や迷走神経は染まらない。これらが強く染色されるようになるのは受精後1.5〜2カ月まで待たねばならない。同一固体の脳で調べても、これらの脳神経におけるこの抗原の発現時期は明らかに異なっている。このことはミエリン鞘形成が各々の脳神経で独立に制御されていることを示唆している。これまで、オリゴデンドロサイトは同期的に分裂し、分化していくと考えられていた。しかし、以上の研究結果から、脳神経の形成は多段階で進行する事、さらにその背後にグリア細胞の分化、移動、巻き付きに関する未知の、精密な制御機構が存在している事がうかがえる。
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