本研究では、生殖系列の形成機構を明らかにするため、極細胞中で発現する遺伝子をエンハンサートラップ法またはRNAディファレンシャルディスプレー法を用いて固定することを試みた。 1)エンハンサートラップ法とは、リポーター遺伝子(β-ガラクトシダーゼ遺伝子)を含む1個のトランスポゾンをゲノム中にランダムに挿入した系統を作成し、その系統においてリポーター遺伝子の発現を組織化学的に検出することで、リポーター遺伝子の近傍に存在する特定の遺伝子の発現を検出する方法である。この方法を用いて、極細胞でβ-ガラクトシダーゼ活性が強く検出されるエンハンサートラップ系統を、10系統単離した。これらのうち5個のエンハンサーは全て極細胞が胚の生殖巣に取り込まれるステージで活性化されるが、これ以前のステージでは、極細胞中に存在するNanos蛋白質の働きによりこれらのエンハンサー活性が抑制されていることを示す結果が得られた。Nanos蛋白質は、胚の前後軸極性の形成に関わる分子の一つであるが、胚の基本的なボディプランを決める分子が極細胞中でエンハンサー活性を調節するという結果は、誰もが予想しえなかった結果であり、今後Nanosにより調節されるエンハンサーおよび遺伝子を単離しその機能を解析することにより、Nanosによる遺伝子発現調節機構の意義が明らかになると考えている。 2)RNAディファレンシャルディスプレー法用いて、極細胞(生殖巣に取り込まれるステージ)で発現するmRNAの候補を5つ単離した。このうちの1つの遺伝子[Polar granule component(Pgc)と命名]は、約0.7kbのRNAをコードしており、このRNAが極細胞の分化に必須であることがアンチセンス法を用いて明らかとなった。また、このRNAはタンパクをコードしておらず、RNAとして機能することも明らかとなった。
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