シナプトタグミンのC2Bドメインはイノシトールポリリン酸(IP)結合部位である。また、IPをイカ巨大シナプス前部に注入するとシナプス連絡が完全に抑制される。これらの現象から我々はシナプトタグミンが神経伝達物質の放出に直接関わる機能分子であり、IPによるシナプス連絡の抑制における標的分子であると考察した。平成7年度はこの推論を証明するために、C2Bドメインに対する特異的なポリクローナル抗体(この抗体はIPの結合を阻害する)を作製し、これをイカ巨大シナプス前部に注入した場合にいかなる影響を与えるか調べた。その結果、IPとの同時注入ではIPによるシナプス連絡の抑制を完全に解除することが認められた。さらに、抗体のみを注入した後、シナプス前部の高頻度刺激を行なうとシナプス応答の急速な低下が見られ、電顕観察の結果、シナプス小胞の激減が認められた。これらの結果はシナプトタグミンがIPによるシナプス連絡抑制の標的分子であることを証明するとともに、C2Bドメインが神経伝達物質の放出のみならず、放出後のシナプス小胞のエンドサイトーシスにも関与していることを強く示唆している。平成8年度はイカ巨大シナプスを用いて得られたこれらの研究結果が哺乳類系の細胞を用いた場合でも観察されるか否かについての検討を加えた。材料として、ラット上頚部交感神経節細胞とウシクロマフィン細胞の初代培養系を用いて、電気生理学的観察及びカテコールアミンの遊離で調べた。その結果、いずれの場合もIPによるシナプス連絡及び伝達物質遊離の抑制効果とC2Bドメインに対する抗体による抑制の解除が認められた。以上の様に哺乳類系の細胞を用いた場合でも同様の結果が得られたことから、IPは種を越えた普遍的なメッセンジャーとして、神経終末においてシナプトタグミンの機能を調節していることが強く示唆された。
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