本研究においては、ラッセルの命題関数論を軸としながら、初期ラッセルの哲学における「抽象」の理論と「表示」の理論がそれぞれどのようなものであるのかを明らかにし、そしてその両者の相互連関を明らかにすることに努めた。また同時に、抽象と表示の理論の研究を通じて、認識論的な問題設定と言語哲学的な問題設定とを結びつけるための枠組みを与えることを試み、現代の内包論理学や指示理論、また認知科学をめぐる哲学的な議論に新しい視点を提供することをめざした。 関連文献の収集にあたっては、ラッセル自身の著作については、現在刊行中のRoutledge版の論文全集を中心に、新たに出版される遺稿集や書簡集、既刊書の新訂版を極力網羅的に収集した。参考文献となる研究書・雑誌論文については、ラッセル研究に実績のある研究者の仕事を系統的に追うことができるようにすることを優先して収集した。 具体的な研究手順としては、ラッセルの残したテクストの厳密な研究を前提に、N. Cocchiarellaによるタイプ理論を中心とした初期ラッセル研究、P. Hyltonによる英国観念論を視野に入れた初期ラッセル研究、F. A. Rodriguez-Consuegraによる初期ラッセルの数学・論理学の哲学の研究、I. Grattan-Guinnessによる集合論成立史をふまえた初期ラッセル哲学研究を系統的に整理した。さらにマイノング哲学についてその抽象理論に重点をおいて検討した。それらの成果を基礎に、初期ラッセルの抽象と表示の理論を再構成し、それがラッセル哲学においてどのような位置を占めているか、また、現代の哲学的問題にどのような関わりを有するかを検討した。
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