本研究の目的は、現代社会におけるエスニック・アイデンティティのあり方を探究することにあった。ところで、平成7年の日本社会においては、「新々宗教」系のある教団が東京の地下鉄で引き起こしたと推定されているテロリズムをきっかけとして、この教団とそれを取り囲む「一般社会」との関係が広く注目された。このこともあって、本研究は、エスニシティと宗教の関係を問うことを主たる焦点とせざるをえなかった。というのも、この教団の教義は「エスノ・ナショナリズム」と解しうる内容を含んでおり、実際、教団自身の自己認知においても、またマスコミ等を媒介にしたこの教団に対する「一般社会」側の認知においても、この教団は「エスニック・マイノリティ」のように扱われたからである。教団の教義を純粋に追求した場合には、信者は、法的には日本人であっても、意識においては「(在日)外国人」だということになる。この教団と「一般社会」の間の、「戦争」にも譬えられた深い葛藤は、世界中で同時進行している民族紛争の日本版なのである。このような理由から、本研究は、この教団を主たる調査対象とすることとなった。具体的には、1)信者に対するインテンシヴな聞き取り調査、2)教団が発行している出版物や信者向けビデオの内容分析、3)日本や他国のマスコミのこの教団に対するイメージの分析等を行った。そして以上の調査に基づいて、現代社会においてエスニック・アイデンティティやそれと類比的なアイデンティティへの固着が高まる機制を考察した。その結果、第一に、「現実/反現実」の関係についての意識が、第二次世界大戦以後の半世紀の歴史の中で被ってきた変容と、独特な宗教と結びついた「エスニック・アイデンティティ」の高揚が関係あること、第二に、今日におけるエスニック・アイデンティティへの固着は、世界大戦前の世界的なファシズムの流行と類似していることが、明らかになった。
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