明治以来東京は、多数の日本人を引き寄せる空間としてあった。もちろんそれは、江戸以来の伝統によるところが大きい。しかし近代都市としての、東京の固有の性格によるところも少なくないであろう。日本の近代史の中で東京という空間の果たした役割は、あらためて問われてしかるべきであろう。本研究はアジールという視点から、このような日本の近代史における東京の役割を検討しようというものであった。 さしあたりアジールとは、ドイツ語のAsylに由来する概念である。一般にそれは、聖域といった意味をもつ。この概念は当初、歴史学において彫琢された。元来森林・山野・河海・神殿・寺院・墓所などが、このようなアジールの空間に属するというのである。そして都市もまた、このようなアジールの空間の一つとして理解されてきた。しかしアジールの空間は、近代以前のものであるというのが一般の理解である。 本研究はアジールを、不特定多数の人々が集う一種の聖域として定義した。そしてそれが、近代以降の社会の分析にも有用な概念であることを提起した。それが「アジールとしての東京」をめぐる社会学的研究としての、本研究の理論的な側面である。と同時に実証的な側面として、明治以降の東京の近代史を具体的な分析の対象とした。都市は一つのアジールの空間であるというのが、ここでの基本的な視点である。 それは(1)東京それ自体が日本の中で、アジール的な性格をもつこと、(2)と同時に東京のなかに、濃密にアジール的な性格をもつ空間が存在すること、といった2つの関心に基づくものであった。ここでは駅・下宿・公園・スラム・校外・百貨店・カフェーその他の12の主題にそくして、(1)と(2)とを総合的に把握する作業を行った。そのことを通して近代の日本人、とりわけ都市生活者の心性が明らかになった。
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