報告者は、北シリア(メソポタミア)におけるウバイド文化の社会復元を目的として研究を続けてきた。1988年に、北シリアのテル・カシュカショク遺跡で発掘調査を実施した際に、ウバイド期および後続期に属する墓壙群がテル一面に拡がっていることを確認した。同時期における墓地の発見は、今までに希有の例であり、ウバイド社会を復元するのに画期的な資料呈示となった。 かつて、カシュカショク墓の副葬品(土器)を北シリアやメソポタミアのウバイド墓出土品と比較分析し、独自の器形分類に基づいた仮編年組列を構築した。また、本遺跡で見つかったウバイド墓の構造、掘り込みレヴェル、切り合い関係といった点に着目し、同墓壙群を自己完結的に(副葬品を用いずに)時間軸上で組列してみた。そして、この方法で案出された仮編年を、上述の副葬品の編年試案とクロスチェックしていき、体系的な編年を創出した。 現在、同編年を基にして、北シリアにおけるウバイド墓の時空座標を検討し、特定の構造・葬法・副葬品がどのような地域に分布し(地域性)、どのようにして選択され(選択性)、どのようにして継承されていったのか(伝承性)といったテーマに切り込んでいる。さらに、「埋葬」という特異な視点から、ウバイド期の社会構造を探り、社会にどの程度階層化が看取されるのか、社会がどの位複雑になっていたのかを吟味している。 今後は、独自に設定した地域圏を単位として、ウバイド社会が複雑化していくプロセスを墓の構造・葬法・副葬品といった諸側面からアプローチしていく。さらに、当時の人々の宗教観について微力ながらも推察を行い、宗教ネットワークとでも言うべき社会的機能が果たした役割も考察していく。
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