今年度は東京大学史料編纂所に所蔵される古文書影写本のうち、青方文書・阿蘇文書・市河文書・留守文書について調査した。また京都府立総合資料館には二度、のべ六日調査に赴き、東寺百合文書を中心に調査を行った。その他写真等の公刊されている文書についても若干の調査を行い、それにより平安時代から室町時代末期にかけての平仮名文書一二七通について釈文及び仮名字体表を作成し、またその一部を写真撮影することができた。それにより得られたデータを総合することで、平安時代から室町時代末にかけて、頻用の平仮名字体がどう変化してきたか、また平仮名体系の持つ字種のバリエーションの総体がどう変化してきたかについてアウトラインを明らかにするに至っている。今後、中世文書の更に広汎な調査(殊に東大寺文書、他地方の文書)と近世文書の調査を行い、また今回の研究で明らかになりつつある平仮名字体変遷史を書記史の原理という観点からどう位置づけるかの考察を加えることが課題である。 また、今回の研究の過程で、前近代日本の文字教育に大きな役割を果たした平仮名書いろは歌に見える平仮名字体が中世平仮名文書の平仮名字体体系と密接な関係にあること、また平仮名書記について、平安時代と鎌倉時代の間には踊り字の用法を指標として大きな転換期があること、そしてその転換が異体がなの使い分けの発生の原因となった事が分かった。それぞれ今年度、論文として発表したものである。
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