諷誦文類に訓点を加えた古訓点資料のうち、主として、平安時代、鎌倉時代の文献につき、近畿地方の諸寺院および横浜・金沢文庫、東京・国会図書館、国文学研究資料館などに文献資料収集のための調査を行い、原本の調書を作成し、必要に応じて写真撮影を行った。 近畿地方の諸寺院とは、具体的には、高山寺・仁和寺・随心院・大通寺・石山寺であり、それぞれの寺院の調査の成果は、高山寺では、『供養表白』の翻刻・解説を公表し、随心院では、諷誦文類の収録状況及び善本についての紹介を『随心院聖教類の研究』に発表した。さらに、仁和寺・大通寺では調査目録を作成し、石山寺では、深密蔵『表白集』(院政時代写)の原本調査を行った。石山寺の深密蔵『表白集』の調査では、金沢文庫保管の二十二巻本『表白集』(鎌倉時代後期写)に仮名交じり文の表白文を残した平救阿闍梨は、深密蔵『表白集』にも彼の作を含むということが明らかになった。平救阿闍梨は、十一世紀前半に東寺や仁和寺を拠点として活躍した僧侶であるが、両文献に認められる仮名交じり文は、後世多少片仮名の増加ということが書写の際に行われた可能性の認められるものの、この時期の表記体の姿を留め得ていると見られる。この十一世紀前半という時期は、仮名交じり文の文献資料そのものがほとんど知られておらず、日本文章史、なかでも僧侶実用文の世界、仮名交じり文の実態を考える上できわめて貴重な発見であったということができる。
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