ガウスの和の符号決定問題に対して、テ-タ関数の無限積表示をヒントとしてアタックすることが当初の目的であった。しかし、この方向に関しての研究は(それが仮に可能であるとすれば)準備段階にとどまった。今回の成果は、調書で少しだけ触れた別の方向への進展である。これは、2次剰余記号に関するガウス和の三角関数の等分点の値における積表示をアーベル関数論を用いて虚数乗法論の範疇で拡張しようとするものである。2次のガウスの和の表示式を種数0のアーベル関数の特殊値の積によるものと解すれば、C.R.Matthewsらによる、3および4次のガウスの和の適当な楕円関数の特殊値による積表示という一般化があり、5次以上の剰余記号に関するガウスの和も適当なアーベル関数の特殊値の積として表示できるのではないかと期待される。2、3、4次のガウスの和の場合、1の2、3、4乗根の群が作用する三角関数あるいは楕円関数の特殊値の積がそのガウスの和の2、3、4乗になるという事実が基本的である。したがってそのような事実をより高い種数のアーベル関数に対しても与えられるならば目的の表示が得られるかも知れない。そのような事実は種数2のある一つの場合にD.Grantによって発見された。今回の研究では、その証明を改良しつつ種数2および3のいくつかの別のアーベル関数に対しても同様の結果を得た。証明は、ヤコビ多様体が円分体に虚数乗法をもつような代数曲線に付随するリーマンのテ-タ関数が、志村・谷山の意味で正規化されているという事実の筆者による発見に基づいている。証明に際し、細部にかなり微妙な部分があったが、今回それらの部分を切り抜けることに成功し、論文“Complex multiplication formulae for curves of genus three"としてまとめ専門雑誌に投稿した。議論のため京都大学、静岡大学、都立大学、東北大学に出張し、文献収集や証明のチェックを行った。
|