強相関電子系のNiAs型NiSはT_t=263K以下で電荷移動ギャップが0.1eV程度開くことにより、n型金属からp型非金属へ相転移する。NiSのNiを原子空孔で置換することはホールドープに相当し、Ti、V、Crで置換することは電子ドープに相当する。たとえば、電子ドープ型Ni_<1-x>Cr_xSのT_t以下の非金属相(低温相)の熱電能(S)の符号はx_c=0.015以上で正から負へ反転してしまう。そこで、本研究では、ホールと電子を同時にドープした(Ni_<1-x>Cr_xS)_<1-y>Sを注意深く作成し、Sを系統的に測定することにより、ホールと電子を同時にドープした強相関電子系について以下のような新しい知見を得た。 (1)(Ni_<1-x>Cr_x)_<1-y>SのCrの固溶限界x_Lは、y=0のx_L=0.04に比べて、y=0.02ではx_L=0.20、y=0.04ではx_L=0.075であった。(2)y=0.02の試料では、低温相のSの符号はx=0.04までは正のままであるが、x_c=0.05以上で負に反転した。一方、y=0.04の試料では、低温相のSの符号はx_L=0.075においても正のままであり、y=0やy=0.02の試料のように負に反転することはなかった。(3)(Ni_<1-x>Cr_x)_<1-y>Sの低温相の磁化率の温度依存性において、キュリーワイス成分の重なりがみられた。さらに、低温相のSの温度依存性の解析から、y=0.02やy=0.04の試料においても、y=0同様、Crドープによりバリアブルレンジホッピングが起きていることがわかった。以上の結果(1)〜(3)から次のような物理的描像が浮かび上がってくる。yが大きい系ほど低温相のSの符号の反転濃度x_cが大きくなる傾向は、電荷移動ギャップ中のフェルミ準位近傍にアンダーソン局在による不純物準位が形成し始めるのに必要なCr濃度がyが大きいほど大きくなることを示唆している。すなわち、反転濃度x_cまでは、ドープされた電子は、原子空孔を導入することによって生じているpホールを補償しているのである。
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