ランダム行列アンサンブルの固有値分布の局所ゆらぎの普遍性は、固有値分布の端では破れ、パラメータ依存性をもつ。固有値密度が十分滑らかに変化することが、普遍性の前提になっているようである。しかし、一方で分布端での固有値分布の局所ゆらぎには、1パラメータ依存性のある弱い普遍性が存在する。このような弱い普遍性が、分布端だけでなく固有値分布の特異性の周辺にも存在することを示した。この発見は、準位密度に特異性をもつ複雑な量子系のエネルギー準位統計を理解する上で、重要な意味をもつと思われる。 複雑な位相動力学をもつ古典系に対応する量子系が、近年興味を持たれている。微小構造を製作する技術の発展によって、このような量子系に対する実験が可能になってきたことが理由の一つに挙げられる。格子定数が1マイクロメートル程度の超格子構造をもつ2次元電子系には、磁気抵抗に特徴的な振動構造がみられることが実験によって知られている。この振動構造は、従来ポテンシャルの山を囲む電子の局在した安定周期軌道が原因となっているとされてきた。しかし、この考え方は、ポテンシャル配置を異方的にした実験における磁気抵抗の変化を説明することができない。異方的なポテンシャルをもつ系に対する非線形動力学の数値シミュレーションを行うことによって、振動構造の主要なピークが局在軌道ではなく、カオス的な拡散軌道によって生じることを明らかにした。このように考え方を変化させることにより、ポテンシャル配置を変化させたときの実験結果の主要な特徴の原因が、容易に理解できるようになった。また、安定周期軌道と不安定なカオス軌道の混在する系に対する解析の成功例として、理論的な観点からも興味深いと思われる。
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