ポリプチコセラス属は、白亜紀チューロニアン階以降に極東地域を中心に適応放散した異常巻アンモナイトの1グループ、ディプロモセラス科の根幹をなす属である。これらの形態変化過程の記録は、特に極東地域において豊富に残されているとみられ、進化学的にあるいは適応形態学的にきわめて興味深い材料である。本年度を含むこれまでの野外調査および標本採集の結果、500個体を越えるポリプチコセラス類の標本(断片を含む)とそれらが産出した正確な層準のデータを得ることができた。本属の一種、Polyptychoceras pseudogaultinum(Yabe)は、特定の成長段階で死亡して化石になる率が高い。同様の傾向は、他の種においても認められる。このことは、殻が急速な成長と停滞を周期的に繰り返していたことを強く示唆している。 もし、ポリプチコセラス類の成長を通じて、殻成長の速度に著しい緩急があるならば、その変化は殻構造に記録されるかも知れない。このような観点から、殻の微細構造を観察し、推定される成長の速度、表面装飾の変化との関連性を検討した。その結果、ポリプチコセラス属のいくつかの種の認められる、殻の表面装飾の著しい変化は、成長速度や生息姿勢といった周期的に変化するような要因に関連している可能性が大きいことがわかった。 さらに、これら実際の標本に基づく経験的(empirical)な手法によって得られた知見に基づき、個体発生を通じての殻の成長量等を仮定し、肋が形成される過程を理論的に再現することを試みた。その結果、ポリプチコセラス類の成長に伴なってみられる肋の著しい変化は、少なくとも定性的には、殻の成長量の変化とそれに関連したいくつかのパラメータによって理論的に説明できることを明らかにした。
|