研究概要 |
クロムの欠乏は耐糖能異常を生じ糖尿病様症状を引き起こし、クロム(III)も生体必須元素であることが明らかになっている。しかし、クロム(III)錯体がもつインスリン活性の発現機構は明らかとなっていない。この発現機構を分子論的に解明する第一歩として、同じピリジンカルボン酸であるが、それぞれ異なるインスリン活性を示すピコリン酸、ニコチン酸およびイソニコチン酸のクロム(III)錯体に着目し、これらの錯体の構造やエネルギーに関する基礎的研究を実施した。 現在までの成果としては、1)クロム(III)のトリスピコリナト錯体の合成を行い、単結晶X線構造解析によってこの錯体の構造がmer型であることを確認した。2)ニコチン酸およびイソニコチン酸を用いてクロム(III)錯体の合成を行い、微結晶として得ることに成功した。これにより単結晶X線構造解析に適した結晶を得られる可能性が現実的となった。3)クロム(III)錯体の構造的特徴を明確にすることを目的に、これまで合成および構造解析がなされていなかった他の遷移金属(コバルトや銅など)のピリジンカルボン酸錯体を合成し、結晶構造を明らかにした(第45回錯体化学討論会要旨集、p.364)。4)密度汎関数法によるab initio分子軌道計算によって、各ピリジンカルボン酸のエネルギーと構造について検討し、カルボニル基がピリジン環の窒素原子から遠ざかるほど配位子が安定になって行くことを見い出した。5)密度汎関数法による計算を遷移金属錯体結晶に対し適応することの妥当性をさらに検証する目的を兼ねて、複塩結晶の結晶化に関する密度汎関数計算を実行し、結果を報告した(Inorganic Chemica Acta,238,pp.121-127(1995))。 以上のように、今後のインスリンとの複合体の結晶化および構造解析において必須となる、極めて重要な基礎的データを得ることができた。
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