有機ラジカルPYNN(ピリジルニトロニルニトロキシド)に臭化水素を作用させることにより、PYNN2分子に対し臭化水素1分子という組成をもつ錯体の調製に成功した。この錯体では、ピリジン環の窒素原子がプロトンにより架橋され、分子間[NHN]^+水素結合を形成している。この錯体の結晶状態での赤外吸収スペクトルの温度変化からは、[NHN]^+水素結合は非常に速く交替しているという結論を得た。つまりこの錯体では分子間動的水素結合と有機ラジカルと共存していることになる。磁気測定からは、一次元的な強磁性的相互作用が働くことが示唆され、この錯体では、[NHN]^+水素結合内に水素結合を通じた磁気的な相互作用は殆どなく、むしろ水素結合とは異なる方向に一次元的な磁気構造を有すると結論された。また、ニトロニルニトロキシドのかわりにカルベンを導入した際には、[NHN]^+水素結合は形成せず、1:1塩を与えたが、分子間に強磁性的相互作用が働くほか、ESRスペクトルで水素結合に関与する水素のH、Dで非常に異なるシグナルを与えた。さらにそのシグナルは非常に複雑な温度変化を示した。以上、本研究により有機ラジカルと動的水素結合が共存するという、分子性結晶特有の新規な系が開拓された。本年度は誘電特性の測定には至らなかったが、誘電特性の測定、電場下のESR測定などで、ダイナミックに変化する物性を示すことが期待される。
|