本研究は、量子井戸や量子細線などのナノ構造を利用した電子波デバイスの解析・設計において基礎となる量子輸送モデルについて研究を行うことを目的としている。本年度は、LOフォノン散乱過程を取り入れた量子輸送モデルについて研究を行うとともに、量子細線の高温多モード動作について研究を行い成果を得た。 本研究ではまず、LOフォノン散乱過程を含む量子輸送モデルの研究を行った。非平衡グリーン関数法に基づいて、LOフォノン散乱グリーン関数の自己エネルギーで表現することにより、量子分布関数であるウィグナー関数の輸送方程式に散乱項を導入することに成功した。系が時間的・空間的にゆっくりと変化している場合、この散乱項が、これまで現象論的に用いられてきたフェルミのん黄金律と同じ表現になることが示された。これを踏まえて、量子細線の高温における多モード動作について検討した。量子細線内には、基本モード(n=0)と一次モード(n=1)が伝搬すると仮定した。また、電子-電子相互作用を取り入れるため、各モードに対する輸送方程式とポアソン方程式をセルフコンシステント解析した。印加電圧が大きくなると(1V以上)、量子細線中の電子波は電界により加速されるために、分布関数は陰極部に近い領域で波数k=0付近に集中し、陽極部に近づくにつれてkの大きい領域に分布するようになる。モード間遷移確率は、k=0付近ではn=0→1の遷移確率の方が大きくなるため、陰極部付近では、n=0→1の遷移が支配的となるモード間結合が生じる。一方、kが大きい領域ではモード内・モード間遷移確率がともに減少するため、陽極部付近では殆どLOフォノン散乱が起こらない。このように、本研究で得られたウィグナー関数モデルは、電界による分布関数の位置変化を取り入れることができるため、高温における量子細線の輸送特性を正確に記述することができる。 今後は、量子細線のダイナミックスまで含めた解析に適用できるように、ウィグナー関数モデルを拡張していくことを計画している。
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