研究概要 |
タンパク質の機能はその立体構造と深く関わっているため、立体構造に関する情報をどのように得るかが重要になる。生体中においてタンパク質は結晶状態にはないため、従来のX線回折法を用いて分子構造解析を行うことが困難であった。生体内において、タンパク質は細胞膜に埋め込まれた状態や結合した状態で存在する場合が少なくなく、様々な生体機能の一部を担っている。このようなタンパク質は一般に擬固体状態と考えられ、溶液状態に比べ分子運動が著しく抑制されている。本研究では、固体核磁気共鳴(NMR)法を用いてこのような擬固体状態の分子構造や電子構造に関する情報を引き出す方法を開発することを目的として、安定同位体^<13>Cラベルした数種のペプチドを合成し、L-アラニン残基中のカルボニル・α・β炭素の化学シフトテンソル主値と水素結合構造や主鎖骨格構造との相関を調べた。試料のマジックアングルスピニング(MAS)によるサイドバンド強度からα・β炭素の化学シフトテンソル主値を決定するには、数百Hz程度の安定した低速MAS回転が必要となる。しかし、この低速回転は非常に実現するのが困難であり、しかも、低速回転のため^<13>C-^<14>Nの異種核双極子カップリングによる線幅の広がりの影響が無視できないため、他の方法の開発が必務となっていた。そこで本研究では、実際のMASの回転数の1/nの回転数であたかも試料回転を行っているかのようなスピニングサイドバンドパターンを再現することができるパルスシーケンスであるeXtended Chemical Shift modulation(XCS)法を開発した。この方法により、高分解能スペクトルを保持しつつ化学シフト異方性の小さな核の化学シフトテンソル主値の決定が可能となった。このXCS法により、立体構造が既知のL-アラニン残基を含むペプチドのα炭素の化学シフトテンソル主値を決定した。その実験結果とab initio分子軌道法による磁気遮蔽定数の計算結果から、α炭素の化学シフトは主鎖の骨格構造(φ,ψ)の違いのみならず、カルボニル基やアミド基が形成する水素結合の影響を受けることがわかった。特に、水素結合の影響は、C′-C_α結合の方向から30°それた方向に主軸をもつδ_<33>に現れることがわかった。これは、各ペプチドの水素結合構造の違いがC′-C_α結合長の違いをもたらし、そのために磁気遮蔽の反磁性寄与に差が生じたためであると考えられる。
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