研究概要 |
1987年、カナダ東海岸で養殖ムラサキガイによる記憶喪失性中毒症が発生し、死者がでた。原因はムラサキガイの消化管に蓄積されていた羽状珪藻Psudonitzschia sp.の産生するドウモイ酸である。本藻は極めてありふれた珪藻類であり、わが国の沿岸域にも常在するが、その生活環には不明な点が多く残されていた。本研究では本藻の生活環を明らかにすることを目的とし,特に従属栄養的な増殖過程に注目して実験を行った。 本藻を光条件下、20℃において,無機栄養培地で培養した場合,最大増殖速度定数(μ_<max>)は,1.0d^<-1>であった。次に,ペプトンと酵母エキスを主成分とする有機栄養培地において本藻を暗条件で培養したところ,培養開始直後から細胞は増殖し始め(μ_<max>=0.4d^<-1>),培養開始4〜5日後から細胞が徐々に肥大化し,10日後には短径が元の2〜3倍となった。有機栄養培地にグルコースを添加した培地,ならびに無機栄養培地にグルコースまたはグルタミン酸を添加した培地における本藻の暗所における増殖を調べると,いずれの培地においても本藻は増殖し,μ_<max>は,それぞれ1.0d^<-1>,1.4d^<-1>,0.4d^<-1>であった。この場合,グルコースが添加されていると増殖速度は大幅に増大し,しかも細胞の肥大化は起こらなかったが,グルタミン酸をエネルギー源とした場合,細胞が肥大化した。従属栄養的な増殖過程において肥大化した細胞を再び光条件下の無機栄養培地へ移したところ,それらの細胞は光合成独立栄養的に増殖し,通常の細長い舟形の形状に戻った。 従来の珪藻類の従属栄養増殖に関する研究では,利用可能な有機物の種類などに関する報告はあるものの,本研究で明らかにしているような,従属栄養増殖と形態変化に関する報告は皆無であり,本研究で得られた結果は本藻類の生活環に関する新しい知見といえる。
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