本研究は伝達性海綿状脳症における神経細胞死と本病関連蛋白質(PrP)の関係を分子レベルで解明することを目的として開始した。これまでにマウス神経芽腫細胞(N2a)、およびラット副腎クロム親和性細胞腫(PC12)に羊PrPC(PrPCは正常型PrPを示す)を過発現させることに成功しているので、これら培養細胞を用いて研究を行った。 羊PrPC過発現細胞は内在性PrPCに比べ数十倍羊PrPCを発現している。羊PrPCの過発現自体が細胞に及ぼす影響を調べたが、NGF、cAMPの刺激に対する応答などの生物性状にコントロールとなる正常細胞との間に差は認められなかった。また、羊PrPCの過発現自体が細胞の活性に影響するか否かをLDH遊離試験、Ho33258核染色により調べたが、正常細胞との間に差は認められなかった。クロロキン処理により羊PrPCの蓄積を高めた場合でも顕著な差は認められなかった。 神経細胞毒性が報告されているマウスPrPコドン106-129の合成ペプチドに相応する羊PrP合成ペプチドを羊PrPC過発現細胞に添加し本ペプチドの細胞致死活性を調べたが、羊PrP合成ペプチドによる羊PrPC過発現細胞の選択的な細胞死は観察されなかった。 現在まで、PrPによる神経細胞毒性が観察されたのはマウスおよびラットの初代神経培養細胞に限られており、株化細胞での例はない。本研究においても神経系株化細胞でPrPによる細胞死を誘導することは出来なかった。また、トランスジェニックマウスを用いた研究からPrPCと同宿主のカウンターパートが伝達性海綿状脳症の病理発生に関与することが示唆されている。本研究から、伝達性海綿状脳症における神経細胞死の分子機構の解明には、in vitroで神経細胞死を誘導可能な細胞系の選択および、用いる細胞と同宿主のPrPCに探索子となるエピトープタグを付加したマーカー分子を使用した解析系が必要であることが示唆された。
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