インフルエンザウイルスは、1918年にスペイン風邪と呼ばれる大流行を引き起こし、2000万以上もの死者を出したがその病原性獲得の機構は未だに不明のままである。インフルエンザウイルスの病原性発現の機構を理解するためには、各々のウイルス遺伝子産物により規定される病原性の分子基盤を明らかにする必要性がある。本研究では、ノイラミニダーゼの病原性発現における役割を分子レベルで理解するために実施した。まず、ノイラミニダーゼの病原性に関わっている機能ドメインを明らかにするために、ノイラミニダーゼのストーク領域に欠失・挿入変異を導入し、最近になって開発されたネガティブ鎖ウイルスの遺伝子操作の手法を用いて変異ウイルスを得た。それらのウイルスの中で、82個のアミノ酸残基を挿入したウイルスは増殖性の低下を示した。また、ストーク領域のほぼ全域を欠くウイルスは宿主域の変化が認められた。以上のように、ストーク領域はウイルスの増殖性および宿主域制御に関与していることがわかった。さらに、その分子機構を理解するために詳細に解析したところ、挿入変異ウイルスは赤血球凝集素の開裂活性化に影響を与えることによって増殖性の低下をきたすことが明らかになった。また、欠失変異ウイルスは、ウイルス表面蛋白である赤血球凝集素の糖鎖末端のシアル酸除去の効率が低下することによって宿主域が変化したことがわかった。さらに、欠失変異ウイルスの復帰変異ウイルスを単離し解析したところ、赤血球凝集素の糖鎖付加に変異があることがわかった。このことより、赤血球凝集素とノイラミニダーゼは相互に作用し合ってウイルスの増殖性や宿主域を制御していることが明らかとなった。現在、これらのウイルスについて、マウスの肺および脳における病原性について解析を継続して実施しており、細胞レベルでのウイルスの生物学的特性との関係について明らかになると期待される。
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