局所麻酔薬による不可逆的な神経障害のメカニズムは未だ明らかにされていない。我々は局所麻酔薬が神経細胞のノリ脂質膜を可溶化することにより不可逆的神経障害をきたすとの仮説を立て本研究を行った。まず、フォスファチジルコリンを超音波照射して脂質二重膜の水溶液を作製した。局所麻酔薬濃度を変化させた際の脂質膜溶液の光散乱強度を調べた。テトラカイン、ジブカイン、クロルブロマジンが脂質膜溶液の光散乱強度を大きく減少させる濃度は、それぞれ40mM、25mM、7.0mMであった。この結果はそれらの濃度以上に達すればリン脂質膜が局所麻酔薬によって可溶化され、膜の構造が壊されることを意味する。また、これらの局所麻酔薬の濃度は、予備実験として既に我々が測定したそれらの局所麻酔薬の分子会合濃度にほぼ等しく、局所麻酔薬の界面活性剤としての特性によりリン脂質膜が可溶化されたことを裏付ける。特に我々が求めたテトラカインの濃度は、持続脊髄痲酔に用いて不可逆的神経障害が起きたと報告されている濃度に一致した。ジブカイン及びクロルプロマジンにより不可逆的神経損傷が起こったとの報告は無いものの、今回我々が示した濃度以上のこれら局所麻酔薬溶液を臨床で使用することは不可逆的神経損傷の危険があることを強く示唆する。現在我々はラットの座骨神経にリン脂質膜を可溶化する濃度の局所麻酔薬を投与し、その時の神経の活動電位の可逆性を調べている。さらに、不可逆的神経障害を起こした神経の形態的変化の有無を調べるための電子顕微鏡での観察も現在進行中である。
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