本研究は咀嚼運動の脳機能に及ぼす影響を脳内で発現している神経関連遺伝子の量的変化として捉えることを目的とした。しかしながら、その遺伝子発現に及ぼす影響が、限られた領域や微小な変化に留まる場合は、その差を有意なものと認識できる精度の高いmRNAの定量法が必要となる。従って今回これらの実験系の確立を行った。主に記憶学習に深く関与していると考えられている海馬領域において高い発現が認められる神経栄養因子BDNF(brain-derived neurotrophic factor)について、mRNAの発現レベルの定量を行った。固型食及び粉末食で発育させたラットとマウスのそれぞれの脳の海馬からmRNAを調整し、RT-PCR法による定量を行なったが、有意な差は認められなかった。そこで、ラットにおいてin situハイブリダイゼーション法を用いてさらに精密に定量を行うことを試みた。[^<35>S]アイソトープでラベルしたプローブを用いてラットの脳の凍結切片に対しin situハイブリダイゼーションを行い、その放射線量を50μmの解像度を持つバイオイメージアナライザーBAS3000(富士写真フィルム社製)により正確に定量した。その結果においても両ラットの海馬の間には有為な差は認められなかったが、しかしながら今回用いたこの定量システムにおいては、切片間の誤差が最大で30%程度と非常に再現性と定量性において優れている事が明らかとなった。したがって、このシステムによればin situハイブリダイゼーションによる定量はノーザンブロッティングと同程度の精度で、しかも限られた微少な領域においても可能である。そこで現在はこのシステムを使い、神経系においても刺激に対して最初にレスポンスすることが知られているc-fos遺伝子について、咀嚼に応答して発現する部位のマッピングと定量を試みている。
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