当初計画に従い、(1)β-ラクタマーゼ-阻害剤複合体の動的構造についての検討、(2)β-ラクタマーゼが基質を取り込んだ状態の動的構造についての検討、についてのコンピュータグラフィックス及び分子動力学計算を用い、研究を行った。まず、β-ラクタマーゼ阻害剤であるクラブラン酸がβ-ラクタム環及び隣接する五員環が開裂した状態でβ-ラクタマーゼに結合したX線結晶構造(PDBcode:1blc)について反応を逆に辿りつつ分子動力学計算を行い、クラブラン酸についてのアシル酸素中間体及びアシル酸素四面中間体の動的構造を得た。ここに得られたアシル酵素中間体構造はβ-ラクタマーゼによる加水分解が起こり難い立体配置をとっており、グラブラン酸がブロッカーであることをよく説明する。次に、クラブラン酸及びβ-ラクタマーゼによって加水分解されるペニシリンGをX線結晶解析により得られたβ-ラクタマーゼの構造(PDBcode:3blm)に結合させ、それぞれ分子動力学計算を行い、動的構造を得た。ペニシリンGの場合には、アシル酵素四面中間体ではSer70Oγ-Lys73Nζ間、Lys73N5-Glu166Oε間に水素結合が保たれ、アシルアミノ側鎖の酸素原子がAsn132と水素結合を保つと共に、窒素原子は脱アシル化に関与する水分子を捕まえており、β-ラクタマーゼによる加水分解が起るために必要な立体配置を形成していることが解った。一方、クラブラン酸についての計算結果はクラブラン酸が取り込まれたX線結晶構造から復元したアシル酵素中間体構造を与えた。クラブラン酸にやペニシリンGでは存在するアシルアミノ側鎖が存在しないためAsn132と水素結合が欠落し、活性残基間の水素結合を保つことができないのがその原因である。加えて、アシルアミノ側鎖の窒素原子による水分子の供給が出来ないため、脱アシル化反応が起こりにくく、β-ラクタマーゼのブロッカーとなると結論した。
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