網膜芽細胞腫の発生過程におけるRB遺伝子の変異や染色体欠失を分子レベルで解析し、突然変異は父親の配偶子に偏って起きていることや母親由来の第13番染色体を失った腫瘍は増殖能が低下していることを発見し、RB遺伝子の近傍にゲノムインプリンティング(GI)の影響を受ける増殖関連遺伝子の存在が示唆された。その候補として、第13番染色体長腕のq14-q21に存在するセロトニン受容体遺伝子(HTR2)がGIの影響を受けているかを解析するために、ヒト脳由来のcDNAライブラリーよりヒトHTR2遺伝子のcDNAおよび5′上流のゲノムDNAを単離した。父由来または母由来の第13番染色体を欠失した線維芽細胞よりRNAを抽出しcDNAを作成しPCRによって遺伝子の発現を調べたところ、母親由来の染色体を失った細胞では転写産物が認められなかった。このことから、ヒトHTR2遺伝子は母由来の染色体からのみ発現されている可能性が示唆された。さらに単離したHTR2遺伝子の5′上流ゲノムDNAを用いて遺伝子のメチル化を解析したところ、母親由来の染色体を失った細胞のDNAではメチル化が認められず、母親由来の遺伝子の上流のみがメチル化を受けていることが示唆された。またこのDNA断片を用いた解析から、この遺伝子上流域におけるPvuII制限酵素配列の多型が発見され、この多型を利用することにより、遺伝病患者における連鎖解析や腫瘍における染色体の欠失等、網膜芽細胞腫の遺伝子診断や腫瘍の発生機構の解析に有用であることが明らかとなった。今後は、どのような転写因子がHTR2遺伝子の発現制御に関わっているかを調べるとともに、マウスなどの実験動物も同時に用いながらGIの機構を明らかにして行きたい。
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