マウスF9細胞などの胚性腫瘍細胞は、初期胚における内部細胞塊未分化細胞にその性質が類似し、レチノイン酸処理やアデノウイルスE1Aの発現により内胚葉性細胞へと分化する。この過程で、c-jun遺伝子の発現が顕著に増大することを見いだし、その発現制御機構を解析した。その結果、この発現誘導にはc-jun遺伝子転写開始点上流-170〜-190のDNA配列が細胞分化に伴うc-jun遺伝子の発現誘導に必須であることを明らかにした。また、この配列には2つの因子が特異的に結合することを見いだし、それぞれDRF1及びDRF2と名付けた。DRF1及びDRF2は共にE1Aと結合する蛋白質として報告されていたp300を含む複合体であることをp300特異的抗体及びp300遺伝子を用いた解析から明らかにした。さらにp300はレチノイン酸やE1Aの発現によりリン酸化を受けることを示した。これらの結果から、分化誘導によりp300がリン酸化されてDRFが活性化し、c-jun遺伝子の発現が誘導されるものと考えられた。一方、細胞分化誘導などのレチノイン酸の生理作用は、核内に存在し転写因子として機能するレチノイン酸受容体を介して発揮されると考えられているが、F9細胞の分化におけるc-junの発現誘導にはレチノイン酸受容体の作用は必要ではないことが示唆された。このことから、蛋白質リン酸化を含む新しいレチノイン酸の作用経路が存在すると考えられた。
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