マボヤのオタマジャクシ幼生の尾部の筋肉細胞の分化現象の背後には、卵内のマイオプラズム領域に局在する分化決定因子から筋肉アクチンをはじめとする組織特異的遺伝子群の発現に至る内在的な遺伝子プログラムがあると考えられる。この細胞分化機構の分子メカニズムの全過程は、生化学的精製に十分な量の発生段階のそろった胚を容易に採れるという他の生物にはないホヤの特長を生かして、初期胚から転写因子を精製することによって明らかにできることが期待される。マボヤの筋肉アクチン遺伝子にはクラスターをなす5つの遺伝子群と、互いに逆向きに転写される一組の遺伝子対とがあり、これまでの研究から、その筋肉特異的発現にはクラスター遺伝子では互いに極めて似た上流103bp、遺伝子対では転写開始点にはさまれた340bpで十分であることが分かっている。本研究では、この2種のアクチンプロモーターの調節領域に結合する因子を胚の核抽出液より精製することを目指した。まず、おおまかに転写因子の結合部位を知るために、アクチン遺伝子の5′上流域にさまざまな変異を導入したものにリポーター遺伝子をつないだ融合遺伝子を胚に顕微注入したところ、-80付近の約40bpが筋肉細胞特異的発現に重要であるという結果を得た。一方、ゲルシフト法による解析から、この領域には複数のタンパク質が結合することが示唆された。そこで、この40bpにさらに細かい変異を導入してその発現に及ぼす効果を調べた。その結果、このなかの2つの小さな領域(-103〜-95、-78〜-66)が筋肉細胞特異的発現に必須なエレメントであることが分かった。これらの配列は既知のどの転写因子の結合配列とも異なっていた。また、これらの領域に近接するAMD1結合部位と想定されるEボックス様エレメントは発現の特異性には関わらないものの、筋肉細胞での転写活性を上昇させる機能をもつことも判明した。現在これらの配列を用いたアフィニティークロマト法を駆使して、胚の核抽出液から生化学的に因子を単離することを始めている。
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