恐怖の情動刺激はバゾプレシン分泌を抑圧する。一方、恐怖刺激は視床下部内においてノルアドレナリンを放出させること、カテコラミンはβ受容体を介しバゾプレシン分泌を抑圧することが知られている。従って、脳内のノルアドレナリンが恐怖刺激に対するバゾプレシン分泌抑圧反応を担っている可能性がある。本研究はノルアドレナリン線維に特異的な神経毒素5-ADMPを脳室内へ注入し、この可能性を検討した。恐怖の情動ストレス刺激として侵害刺激による恐怖刺激(ラット足底部皮膚表面を30秒に一回0.8mAのパルスで電気刺激する)あるいは、学習付けによる恐怖刺激(ラットを実験箱におき足底部皮膚表面を30秒間隔で11回電気刺激し、1日後に恐怖刺激として実験箱に動物を戻す)を用いた。新奇刺激としては、動物を白いペイルに4分間入れた。刺激を加える一週間前に麻酔下で脳定位固定装置を用い側脳室内に神経毒素5-ADMPあるいはvehicleを注入した。ストレス刺激直後の血液を採取しバゾプレシン濃度を測定した。神経毒素を注入すると視床下部のノルアドレナリンの量が30%の減少した。ドーパミンの量は有意には変化しなかった。ノルアドレナリンを選択的に枯渇させた動物では、恐怖刺激に対するバゾプレシン分泌の低下反応が観察されなくなった。これに対し、新奇刺激に対するバゾプレシン分泌減少反応は阻止されなかった。また、痛み刺激に対するバゾプレシン分泌増強反応もノルアドレナリン枯渇によって有意な変化は受けなかった。これらのデータは恐怖反応に特異的に脳内ノルアドレナリン神経が関与することを示している。新奇刺激は不安を誘発するといわれている。従って、本研究はさらに、恐怖と不安の脳内機構が神経毒素に対する感受性の有無で区別できることも示唆している。
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